2店舗目を出したとき、いちばん先に壊れるのが新人教育です。 問題は「同じ話を3回すること」ではありません。3回目の話が、1回目と違っていることです。 原因は教材ではなく、「誰が、どこまで終えたか」を持っている人がいないことでした。
従業員が数人〜数十人の会社・お店を想定しています。大企業向けのLMS(学習管理システム)の話ではありません。Excelと動画フォルダ、あるいは口頭で回している段階の会社が、次に何をすればいいかを書いています。
とくに2店舗以上を持っていて、新しい人が入るたびに同じことを教えている経営者の方に向けて書きました。美容室・ネイルサロン・整体院・飲食など、店舗を増やした側の会社で同じことが起きています。事業所を複数お持ちの介護・障害福祉の法人さまからも、同じお話をよく伺います。以下「店舗」と書いているところは、事業所に読み替えてください。
研修の仕組みは、全部の会社に要るものではありません。先に自分の位置を確かめてください。ここを飛ばすと、要らないものを入れて管理の手間だけが増えます。
| いまの状態 | 判断 |
|---|---|
| A 1店舗・スタッフ5名以下 新しい人は年に1人あるかどうか | まだ早いです。紙とExcelで足ります。オーナーが全員の顔と進み具合を覚えていられる規模なら、仕組みを入れても手間が増えるだけです |
| B 1店舗だが、新しい人が年3人以上入る または教える人が2人以上いる | 効き始めます。ただし最初にやるのは仕組みではなく、「教える内容を1枚に書き出すこと」です。7章に手順を書きました |
| C 2店舗以上ある | いちばん効きます。すでに店舗ごとに教え方が分かれ始めているはずです。3章で、何が起きているかを書きました |
| D 記録を求められる可能性がある (安全衛生教育・許認可・取引先の監査など) | 別の理由で必要です。「回すため」ではなく「出せるようにするため」。5章を読んでください |
AとBが混ざっている会社が多いです。その場合はBで考えてください。人が増える側に合わせておくほうが、あとで作り直さずに済みます。
研修が形にならない会社の多くは、教材が足りないのではありません。「誰が、何を、いつまでに終えたか」を持っている人がいないだけです。
動画を撮る、マニュアルを配る、先輩に付ける——ここまでは、たいていの会社ができています。止まるのはその次です。終わったかどうかを追う人がいないと、受けた人と受けていない人が混ざり、半年後には誰も分からなくなります。
ここが厄介なところです。教えた側は「あれは伝えた」と覚えています。教わった側も「あれは聞いた」と覚えています。どちらも嘘をついていません。ただ、中身がずれています。
そして、ずれていることに気づくのはたいていお客様の前です。クレームや作業のやり直しが起きて、はじめて「教えていなかった」と分かります。この時点で、原因を特定する手段がもう残っていません。誰がいつ何を教えたかの記録が、どこにもないからです。
誤解のないように書いておきます。1店舗で、オーナーが全員を毎日見ている会社は、これで足りています。頭の中が正確な台帳になっているからです。仕組みを入れる必要はありません。
問題は、その台帳が持ち歩けないことです。オーナーが店にいない日、店舗が増えた日、オーナーが体調を崩した日に、台帳ごと消えます。次の章はその話です。
2店舗目を出したときに、売上でも採用でもなく、いちばん先に音を立てて壊れるのが新人教育です。理由ははっきりしています。
1店舗のときは、教えるのも、見るのも、直すのもオーナーでした。この形は、店が1つのときだけ成立します。2店舗目ができた瞬間、片方は必ず「見ていない店」になります。
ここで多くの経営者が、店長やベテランに教育を任せます。判断としては正しいです。ただ、任せた先で次が起きます。
Aさんが教えると15分で終わる説明が、Bさんが教えると30分かかる。順番も違う。そして、どちらも間違っていません。それぞれが自分のやり方で覚えたことを、自分のやり方で渡しているだけです。
枝分かれ自体は自然なことです。困るのは、枝分かれしたことに誰も気づかないまま1年経つことです。1年後には「A店のやり方」と「B店のやり方」ができあがっていて、もう片方に合わせられなくなっています。
2店舗以上あると、人が動きます。ヘルプ、異動、シフトの融通。そのたびに「この子は何を知っているのか」が分からなくなります。
分からないので、安全側に倒して最初から教えます。教わる側は「それ、前の店で聞きました」と思いながら黙って聞きます。ここで失われるのは時間だけではありません。「この会社は自分のことを把握していない」という印象が、静かに積み上がります。
教材でも、教える人の熱意でもありません。「この人は、どこまで終わっているか」を、店をまたいで見られる場所が無いことです。1店舗ならオーナーの頭で足りていたものが、2店舗目から足りなくなります。
ここからは、実際に止まる場所を1つずつ書きます。読みながら、当てはまるものにいくつ手が挙がるかを数えてみてください。3つ以上なら、もう頭の中の台帳では持ちきれていません。
見た人と見ていない人が混ざります。しかも本人も「見たつもり」になるので、後から確認しても正確に出てきません。
それでも直らないとき 割り当てたのに進まない場合、原因はたいてい「1つが大きすぎる」ことです。90分の動画は宿題になりません。15分×6本に割ると、急に進みます。
期限のない研修は、忙しい人から順に後回しになります。これは意欲の問題ではなく、順番の問題です。期限がないものは、常に最後になります。
期限の決め方 入社日から数えて「3日以内」「2週間以内」「1か月以内」の3段に分けると、たいていの店で回ります。全部を初日に詰めないでください。初日に詰めた研修は、初日に終わらず、そのまま流れます。
数えるのが面倒だと、だんだん数えなくなります。そして数えなくなった時点で、研修の管理は終わります。
判断の目安 「いま未完了の人は誰か」を答えるのに1分以上かかるなら、その管理はいずれ止まります。止まってから直すより、いま直すほうが安く済みます。
個人のPCやメール、個人のLINEに残っている状態です。いちばん多い事故がこれで、監督署や取引先から記録を求められたときに出せません。
先に確認すること いま研修の記録を持っている人が辞めたとして、あなたはその記録を自力で開けますか?開けないなら、それは会社の記録ではなく個人の記録です。
探す時間が積み上がります。参加者から「URLどこですか」と毎回聞かれる会社は、ここが原因です。
5つ目までは会社側の話でした。6つ目は教わる側から見た景色です。ここが抜けている記事が多いので、書いておきます。
新しい人には、自分が何を終えていて、何が残っているかが見えていません。見えていないので、聞き逃したことがあっても「みんなが知っていて、自分だけ聞いていない」のか「まだ誰も教わっていない」のかが判断できません。判断できないと、人は黙ります。
ここが効く理由 管理する側の道具は、たいてい管理される側の不安を増やします。進み具合を本人にも開くと、逆になります。「見張られている」ではなく「残りが分かる」に変わるからです。
ここまでは「回すため」の話でした。ここからは「出せるようにするため」の話です。研修を仕組みにするかどうかとは別に、法律で決まっているものがあります。
労働安全衛生法は、事業者に対し労働者を雇い入れたときの安全衛生教育を義務づけています(第59条第1項)。作業内容を変更したときも同じです(同条第2項)。
ただし、条文をよく読んでください。教育が必要なのは「当該労働者が従事する業務に関する安全又は衛生のため必要な事項」です。全業種が8項目を丸暗記して全部やる、という意味ではありません。
| 項目 | 店舗業(美容室・サロン・飲食など)で、実際に中身が入りやすいもの |
|---|---|
| 一・二 | 薬剤、カラー剤、消毒薬、刃物、施術機器の扱い方と危険性。手袋などの保護具 |
| 三・四 | 開店前の点検、機器の始業前確認、施術の手順 |
| 五 | 手荒れ・皮膚障害・腰痛など、その仕事で起きやすい不調の原因と予防 |
| 六 | 整理・整頓・清潔の保持。美容所では衛生管理そのものと重なります |
| 七 | やけど・切創・薬剤が目に入ったときの応急措置、火災時の退避経路 |
| 八 | 上記以外で、その仕事の安全・衛生に必要なこと |
この表は「うちの場合はここに中身が入りそう」という当たりを付けるためのものです。自社が何をどこまでやるべきかの判断は、所轄の労働基準監督署にご確認ください。業種と作業内容で変わります。
罰則について。労働安全衛生法第120条第1号は、第59条第1項(同条第2項で準用する場合を含む)の違反を50万円以下の罰金と定めています。ただし、罰金の話を脅し文句として使う気はありません。実務で先に困るのは、罰金ではなく「事故が起きたときに何も出せないこと」のほうです。
美容室・ネイルサロンを2店舗以上お持ちの方には、こちらのほうが身近です。研修管理システムで解決する話ではありませんが、店舗を増やすときに必ず出てくるので、条文をそのまま置いておきます。
ここで研修管理の話に戻ります。「誰がいつ講習を修了したか」「誰があと何年で3年に届くか」を、店舗をまたいで持っておく必要があります。次の出店の時期は、物件ではなく人の要件で決まることがあるからです。これを頭の中だけで持つのは、店が増えるほど難しくなります。
※管理美容師の設置が必要かどうか、講習会の日程や申込方法は、所轄の保健所と都道府県にご確認ください。この記事は条文を置いているだけで、個別の判断はできません。
「うちは人の入れ替わりが多いから」と言われる経営者の方が多いので、感覚ではなく数字を置きます。
計算してみます。スタッフが10人いる会社で、離職率19.0%をそのまま当てると 10人 × 19.0% = 1.9人。年に2人近くが入れ替わる計算です。2店舗で合計10人なら、新人教育は年に2回。教える人が店舗ごとに違えば、その2回は別々の内容になります。
※これは業界の平均値を自社に当てはめた概算です。実際の入れ替わりは会社ごとに違います。お手元の数字で計算し直してください。そのほうが正確です。
ここまで読んで「うちは当てはまる」と思われた方へ。いきなり何かを買う必要はありません。先に、今日30分でできることを書きます。これをやらずに仕組みだけ入れると、空っぽの仕組みが残ります。
思い出せるものだけで構いません。完璧を狙うと、着手できずに終わります。「初日に言うこと」「1週目に教えること」「1か月で覚えてほしいこと」の3つに分けて、箇条書きにするだけです。
2店舗以上ある方は、店長それぞれに同じことをやってもらってください。並べると、枝分かれしている場所がその場で見えます。ここがこの作業のいちばんの収穫です。
項目ごとに担当と期限を入れます。担当が空欄のままの項目は、教えられていません。期限が空欄のままの項目は、後回しになります。書き足した時点で、抜けが見えます。
紙でもExcelでもLINEでも構いません。大事なのは形式ではなく「1つに決めること」です。2つあると、両方が中途半端になります。
ここまでは全部無料でできます。仕組みが要るのは、この1枚が回らなくなったときです。人数が増えて紙が追えなくなったとき、店舗が増えて1枚では足りなくなったとき、担当が変わって前任者の紙が読めなくなったとき。そのときに初めて、道具の出番です。
最後に、こちらに不利なことも書いておきます。
研修管理の仕組みを入れれば研修が回る、ということはありません。回すのは人です。仕組みができるのは、「誰が終わっていないか」を隠さなくすることだけです。見えるようにしたあと、声をかけるのは人の仕事です。
| 仕組みができること | 仕組みにできないこと |
|---|---|
| 誰が終わっていないかを、探さずに出す | 終わっていない人に声をかける |
| 教える中身を1か所に置く | 教える中身を作る |
| 履歴を会社側に残す | 教え方の質を上げる |
| 店舗をまたいで同じ状態を見せる | 店舗ごとのやり方の違いを、勝手に統一する |
それから、最初の1か月はむしろ手間が増えます。いままで頭の中にあったものを、言葉にして入力する作業が発生するからです。ここを越えられないと、入れた意味がありません。逆に、7章の「紙1枚」がすでにできている会社は、この山をほぼ越えています。
NEST ACADEMY|社内研修管理サイト。教材を作る道具ではありません。誰が、何を、いつまでに終えたかを持つための場所です。
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① 7章の「紙1枚」を、今日つくる。20分で終わります。買う必要はありません。2店舗以上ある方は、店長それぞれに同じものを書いてもらってください。並べたときのズレが、いま起きていることの答えです。
② 4章の6つを数える。手が挙がったものが3つ以上なら、頭の中の台帳ではもう持ちきれていません。0〜2つなら、まだ紙で足ります。無理に道具を入れないでください。
③ 判断に迷ったら、1つだけ聞いてください。「うちの規模で要るのか」「うちのやり方で入るのか」——気になっている1点だけ、無料でお返事します。要らない場合は、要らないとお伝えします。営業のご連絡はしません。
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